サンフランシスコで 尺八を （１） 第一印象
プロローグ
１９９２年の秋、４３才だったわたしはサンフランシスコに行きました。目的は、「カルロス・カスタネーダの呪術師集団を見つけ出して、その仲間に加えてもらおう」という無鉄砲なものでした。
太郎さん
お変わりありませんか？ わたしは９月３０日、サンフランシスコに着きました。サンフランシスコの第１印象は、空の青さと空気のさわやかさ、そして黒人女性の威勢のよさです。
そのためには、本当は、ロスアンゼルスかアリゾナかメキシコに行かなければならなかったのです。でも、車の運転もスペイン語もできないわたしがいきなりそういう所へ行っても、動きまわれないでしょう。
それで、サンフランシスコなら、車がなくても生活できるということだし、かつてのヒッピー文化の中心だった町だから、カスタネーダについての情報なども得られるんじゃないかと思い、まずサンフランシスコで働きながらスペイン語の学校に通ったり車の免許をとったりして準備することにしたのでした。
ところがどっこい。サンフランシスコでは、全然べつの体験がわたしを待っていました。
そしてその体験も、わたしにとっては冒険に満ちた、大変おもしろいものでした。
というわけで、以下はその１年半のサンフランシスコ滞在記です。
１９９２年１０月３日
空港から市内へ行く市バスはワンマン・バスで、運転手は３５才くらいの堂々とした体格の黒人女性でした。着ているものは作業着のような制服ですが、髪はきりっとアップに結いあげ、耳には大きなイヤリング。化粧も華やかで、まるでステージに立つ歌手のようです。
そして、「ちょっとそこの人、つめてくださいね！」とか、「いま後ろから乗った人、前にまわってください！ あなたがこちらに来るまで、バスは動かないわよ！」などと腹から出る力強い声で乗客をさばき、運転中も乗客たちとポンポン冗談を言いあうのです。
なんと明るい国に来たことか、とうれしくなりました。
それから２日間は、ガイドブックにあった安ホテルに泊まりながら、長期滞在できそうな、安くて、清潔で、あたたかい雰囲気のホテルをさがして歩きまわりました。
まずツーリスト・インフォメーション・センターで、市内の地図と安宿のパンフレットをもらい、中南米からの移民が集まる地域に行ってみました。そこには１週間で８０ドル（約１万円）くらいの超安ホテルがたくさんありましたが、胸がつぶれる思いをしました。
初めに見せてもらった部屋は、入ったとたん小便のにおいが鼻をつきました。前の泊まり客が、カーペットに小便をまき散らしたままになっていたのです。
その次のホテルの部屋は、薄よごれたカーテンがかかっているので開けてみると、窓ガラスがめちゃくちゃに壊れていました。うっかり物をぶつけてしまったというような壊れ方ではなく、がんがん殴りつけて壊したもののように見えました。ホテルの経営者も泊まり客も、よほど心がすさんでいるのでしょう。
あと３つ見たホテルも似たような感じで、受付の人も生活に疲れきったような表情をしていました。中南米からの移民の人たちは、みんなこういう暮らしをしているのでしょうか？ インドでも、タイでも、イギリスでも、シーツを何日もとりかえてなかったり、そうじをしてなかったりする部屋は見ましたが、こんなすさんだ感じのホテルばかり集まっている所は初めてです。
次に見たのは、市役所、中央郵便局、図書館などの役所や公共施設が集まっている地域の北側です。ここの通りには乞食や浮浪者、薬物中毒者、街娼のような人たちがいっぱいいます。
ここにはインド人の家族経営の安ホテルが多く、１週間８０ドル〜１３０ドルくらい。たいてい家具やベッドカバー、クッションなどは不ぞろいでしたが、小ざっぱりした雰囲気があって、ほっとしました。経営者の奥さんやお母さんが１つ１つ手入れしているのでしょう。
インド人というのは、まわりのすさんだ雰囲気に影響されない強さをもった人たちなのかな…と思います。
そのうちの１つが気に入ったのでそこに決め、１週間分８０ドルを前払いしてさっそく移って来ました。３階建ての小さなホテルで、部屋にはダブルベッドが１つ、机と椅子、流し、洋服かけがついていて、バス、トイレは共同です。
１階は経営者の家族の居室と事務室になっていて、食事時間には懐かしいインド料理のにおいがただよい、事務室の壁には額に入れたシバ神の絵が掛かっています。
ビザは、空港でポンと３ケ月もらえました。ラッキーです。
明日から仕事さがしを始めます。日本レストランのウエイトレスか、ホテルのそうじのような仕事なら、すぐにみつかるのではないかと思います。
ゆうこ
