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( 表紙の画像は このページの一番下にあります )


小泉八雲 「生神」より
樹の おつげ

さいとう ゆうこ 作




むかし、ある海辺の村に、久作という男の子がいた。
久作の家は、丘の上の 大きな草ぶきの農家で、
まわりには、田んぼが 広がっていた。

父は この村の村長だった。
いつも いっしょうけんめい 村人のためにつくす父は、
みんなから したわれた。

母は言った。
「久作や。 おまえも 大きくなったら、
とうちゃんのように りっぱな村長になるんだよ」

だが 久作は、おとなしい子供だった。
村の子なら だれでもできる 木のぼりも、水泳もできず、
竹馬も、コマまわしも できなかった。

そのため、いつも家のまわりで 一人であそんでいた。



久作の家の すぐわきの森には、大きな樹があった。
久作は、この樹の下で あそぶのが すきだった。

樹の根元の アリやセミの穴の中には
何か ふしぎな世界が かくされているような気がしたし、
小鳥の声や 木の葉が風にそよぐ音に じっと耳をすませていると、
小鳥や風のことばが わかるような気もした。

また、時には ウサギやリスが、
すぐそばまで よって来ることもあった。



ある夏の日、すずしい こかげで うとうとしていると、
頭の上で 声がした。
「きゅーさく。 きゅーさく」
おどろいて 見あげると、
高い枝に、六才くらいの 見たこともない女の子が こしかけて、
はだしの足を ぶらぶら させていた。

「きゅーさく。 あがっておいで」
女の子は すきとおった声で言った。
「だめだよ。 おれ、木のぼりは できないんだ」
「だいじょうぶ。 あたしが おしえてあげる」
女の子は スルスルと おりてきた。

「ほら、よく見ておいで」
女の子は 久作の ひたいに 人さし指で ちょっとふれ、
また のぼって行った。
すると、女の子が 手や足を かけて行く 樹のはだの
わずかな くぼみや 出っぱりが、急に 大きく くっきりと 見えだし、
自分にも のぼれるという気がしてきた。

久作は むちゅうで のぼりだした。
そして、気がついた時には
女の子と ならんで、太い枝に こしかけていた。
「おまえ、ふしぎな子だなあ。
見たことないけど、どこに 住んでるの?
どうして おれの なまえを 知ってるの?」

だが、女の子は それには こたえず、
楽しそうに わらうばかりだった。



―― 以下略 ――
(絵本のデザインは、このページと同じではありません)




【表紙の画像】 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 絵: 藤川 秀之 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆